「奇跡の乗客たち」…梶尾真治『黄泉がえり』収録

 こちらもユーモア溢れる一篇。

 山間を走るバスが地震に遭い横転し、乗客3人と運転手が放り出された。乗客のうち初老の男が肋骨を骨折する大怪我をおい、たまたま乗り合わせた医者は手術をしたいが利き腕を骨折している。そこに、全国を修行に巡る腕利きの料理人という男が名乗りをあげ、自分が医者の代わりに人間の体をさばいてみせると言い出すが…。


 医学知識のない料理人が人体を手術するなど、これはまったく突拍子もないようですが、確かに外科医と料理人はそれぞれ「メス」と「包丁」を扱いモノを切るわけで、道具は違えど似ている面があります。初めは「そんな無茶苦茶な!」と思っている医者(と読者)も、板前の技、料理芸に関するウンチクを披露されていく中で、段々と「それも可能なのかもなぁ」と思わされてしまう、その辺の小技が効いているのは流石にカジシンです。とはいえ医学も料理もディテールなどといったものはなく、ちょっとした小噺としては良いかな、といった程度。本気にしちゃ駄目ですよ。ハッピーエンドの結末も心地よいですが、個人的にはこの一篇、カジシンにしてはちょっと物足りないなと思えてしまいます。
 先の「六番目の貴公子」は何とも非道いオチでしたが、そのブラックユーモアものとは好対照を成した、ハッピーユーモア作品なのでしょう。