『トリポッド』

トリポッド 1 襲来 (ハヤカワ文庫 SF)

トリポッド 1 襲来 (ハヤカワ文庫 SF)

書店の新刊コーナーを覗くと、おや、西島大介氏の可愛らしい表紙の本が。よく見たらハヤカワ文庫SFの白背じゃないですか。そして読んでみたら…なかなか面白いじゃないですか、『トリポッド』。

ある日、20メートルもある巨大な三本足(トリポッド)の物体が突如地球の三箇所に降り立ち、暴れ出す。地球人は軍隊でアッサリそれを撃退するのだが、暫くしてあるTV番組を観ていた人達がおかしくなり始めて…〈トリポッド〉の侵略は始まったばかりだったのだ!

といった粗筋です。ジョン=クリストファー*1の児童文学作家としての代表作シリーズで、欧米では「児童書の定番」として絶えぬ人気を博しているようです。
日本では78〜79年に学習研究社から三部作が初訳されていて、此度は88年の前日譚を含めた四部作としての登場だそうです。

児童書ねぇ。うーん、なるほど。本書は粗筋を読んでも判るように、H=G=ウェールズのような話です。「謎の異星人が侵略してきた! 人類はどうなる!?」といったドキドキ感に溢れています。主人公が15歳くらいですが、幸いというか、描かれるのは正統的な若者像で、日本の「ライトノベル」的では全く無いです。むしろジュブナイルと言うのかな。読みやすい名訳だと思いますが、このくらいなら《青い鳥文庫》の「12〜15歳向け」あたりで出したら丁度良いかなぁ。

読んで思ったのは、「あぁ良かった。私もまだ、こういう話でドキドキ出来るんだ〜」ということ。暫く前にライトノベルの喰い過ぎで腹下しを起こして以来、どうも少年少女向け小説が楽しめなくなってしまって、こういう素直な話は基本的には今読めないハズだったんです。
それに加え、少し違う話になりますが、私は高校に上がるくらいまでは殆ど本を読んでいなかったのでウェールズやヴェルヌといった古典を一番楽しめる時期に読んでいませんでした*2。だから最近になってようやく『タイムマシン』などを読んでも、あんまり面白くなかった。『宇宙戦争』に至っては途中で投げてしまったくらいです。

だけど『トリポッド』は読めた。何だろう、これ。
この楽しさを語る時には、児童書(?)のベストセラーになった『ハリー・ポッター』を引き合いに出すのが判り易かろうと思います。立場はむしろ『ナルニア国物語』あたりに近い気もしますが、読む感覚が近いのは『ハリー・ポッター』だったと思う。ただ、『トリポッド』はハリポタと違ってどこか間が抜けているというか、のどかです。地球人類がどんどん頭にキャップを被せられて操り人形になっていくのに、絶望なんかしないで、日常の中にユーモラスな笑いが見出せるくらいには余裕をもって、希望を抱いてる。ハリポタは別段好きじゃないけれど『トリポッド』に好感を持てたのは、SFである事と、妙な明るさが感じられるからだと思います。

ハリポタはライトノベルだと思っているfuchi-komaの私見だけど、最近のライトノベルは人物が自分の周りの危機に敏感で、それはむしろ意識過剰なのではと思うくらいで、しかもどんどんネガティヴな方向にいってしまう感じがします。これは人物や背景の設定や見せ方だから「演出」といった方が良いのだろうけど、例えばハリポタでは、ハリーが人間(マグル)の中では虐待されていて、反論もせずに独りで殻に閉じこもっていたり。そういった演出の中で「ハリーはすごく苦しくて、悲しいのだ」と強烈にシンパシーに訴えてくる手法がとられているようです。

『トリポッド』では、今のところ、そういった(過剰)演出はみられません。考えてみれば周りに味方がいない等過酷な状況なのに、登場人物は素直に「今はガマンしなきゃ駄目だ」とか、素朴な考えで切り抜けて行こうとしてます。嗚呼、何だか心地良いです。
子供の視点で見ている為、大人の描かれ方はいくぶん一方的で強引な感じですが、ここは童心に返ったつもりで読むと、とても面白いと思います。

いや、予想外に面白かったですよ。どっぷり嵌るというわけじゃなくて、だけどそれが故に楽しめる。先月のエンダー・サーガの新刊『シャドウ・パペッツ』なんかより、よっぽど良かったです。カード先生も無理して戦争なんかさせないで、伝えるべき事は素朴に自分の性に合ったやり方で描けば良いのになぁ…。
『トリポッド①襲来』以降は、年明け一月から『②脱出』『③潜入』『④凱旋』が二ヶ月おきに刊行される予定です。とりあえずfuchi-komaは追っかけるつもりです。

追記:『トリポッド』を読んで少しノスタルジックになったのは、梶尾真治の短編「清太郎出初式」を読んでいたからかな。結局ウェールズへのオマージュだけど、火星人が襲来してきてそれを撃退する素朴な「家族」の話だから、本書と特に共通項が多い。『もう一人のチャーリー・ゴードン 梶尾真治傑作選 ノスタルジー篇』で読めます。こういう言い方好きじゃないけど、マジで泣きそうになる話です。泣きそうになりました。

*1:「ジョン=クリストファー」に訂正。訂正前→クリストファー=プリースト。だって。そんなわけ無いのにね。どうしてこんな事しちゃったんでしょう。それはこのところfuchi-komaが「プラチナ・ファンタジィ」の事ばかり考えていたからです。はい。間抜けです。

*2:「古典を一番楽しめる時に読んでいませんでした」の件は、SFジュブナイルに関しての発言です。どういうものかというと、http://nfp.s2.xrea.com/sf.txt ここに連なっているような作品達のことです。リンク先は京フェスの企画部屋資料で「主な児童SF全集リスト」というもので、それらをfuchikomaは読んでいなかったのが寂しいよ、という話でした。読んでいた方々が羨ましいのです。