象られた力/飛浩隆/ハヤカワ文庫JA/2004.9.15

1983年SFマガジン掲載の「異本:猿の手」で本格デビューした飛浩隆の初めての短編集。中篇2・短編2篇を収録。
これはもう、是非紹介しておかねばならない本だと思います。これほどSF魂を揺さぶられる短編集にはここ暫く出会っていなかったと思います。先輩のUさんの曰く「10年に一度の傑作ではないか」との事。それほど面白い本なのです。
まず最初に収められている中篇「デュオ」ですが、これは一つの身体を共有する双子の天才ピアニスト(しかも耳が不自由!)による「デュオ(二重奏)」の話で、演奏後に現れた謎の第三人格が双子の人格を圧している、とその現場を見た調律師が第三人格に音楽で闘いを挑むという、何とも奇妙な話です。奇妙なのは頑張って書いた上記の説明がたぶん正しくない事もそうですね。。本作はテッド・チャンの『理解』という短編のように「目に見えない(感情・思考の)水面下の死闘」をやっているので視覚以外の五感に頼らなければならず、想像力をフルに引き出されます。静謐な空間の中に、火傷をしそうな熱いナイフが秘められているので、ご注意を。
中にサンドイッチされた「呪界のほとり」「夜と泥の」の二つの短編は省略。どちらも充分に面白く短編のアンソロジーに入っていれば目を見張ったものでしょうが、どうもこの短編集にあっては他の中篇二つを盛り上げるアクセサリーに見えてしまいます。
ラストが表題作「象られた力」で、これがまた凄い。かつて「百合洋(ユリウミ)」という惑星で使われていた不思議な効果を持つ幾何学模様が、近郊星系で現在はアートとして広まっている。ところが、かつて「百合洋」が滅びてしまったのも、実は原因がその「百合洋模様」にあったらしいのだ。ついに発動してしまう「百合洋模様」の本性、それはアーティスト達の手の中で相克する根源的な「かたち」と「ちから」だった…。最初は説明文の羅列が全然頭に入ってこなかったので「ダメか」と思ったのですが、途中からが正に怒涛の展開で、ラストに向けて星が崩壊していくヴィジュアル・イメージの奔流は凄絶に極まるものでした。これは恐ろしい傑作です。
以上のように粗筋等を紹介しましたが、飛浩隆最大の魅力は、何にも増して美麗な文章そのものです。秀逸なアイディアを一つの物語(ストーリー)として構成するまでは他の作家にも出来たかも知れませんが、それがしたためられ表現された文章が、どれほど激情(パトス)に溢れ五感に迫る事か。fuchi-komaなぞは電車の中で思わず大声で叫びそうになったほどに、飛浩隆のそれは凄い。友人には「窒息しそうになった」と表現する人もいたようです。何れも感情の発露を抑えきれない、といった感じで、それを成し得るのが飛浩隆の文章マジックだとfuchi-komaは確信しているのです。
一度、体験してみる事をオススメします。飛浩隆を。

因みにfuchi-komaは飛浩隆著のJコレクション『グラン・ヴァカンス Ⅰ』を積読しています。読めよ自分…プレッシャーをかけます。